いなぎ駅前クリニック

MENU

院長コラム

Column

COLUMNよく焼きのススメ

暖かくなってきました。アウトドアのシーズンで家族や仲間とバーべキューってな機会が増えてきますね。暖かい時期にお腹壊してイテテと下痢ピーで来院されたバーべキュー後の患者さんに「ちゃんと焼きましたか?」と尋ねると皆さん「焼きました」とお答えされますが、「肉の深部中まで確実に加熱しましたか? 75℃以上1分以上の自信がありますか?」と聞くと「う〜ん…どうだっけ?」となってしまいます。

とにかく「焼けば大丈夫」という認識の人がほとんどでしょう。亡くなった方が出たユッケ事件に端を発した“生肉の提供禁止”以降、焼肉屋において、生肉食による感染性腸炎はほぼゼロになりましたが、“焼いた肉が原因”の感染性腸炎は変化なしと統計が出ています。

まず皆さん、お腹をこわした、と判断する症状の原因の多くは病原体の感染であることを認識しておいてください。

今回は、お腹をこわして…と判断されがちでありながら、実は大変怖い病気で夏場に圧倒的に多い“感染性細菌性腸炎”をお話ししてみたいと思います。“良く焼きのススメ”でございます。ちなみにクンクンと匂いを嗅いでも菌の汚染の有無は全く分かりません! そして最後に流行りの“ジビエ”の危険性もチラリと。

腹痛1

温暖期の原因菌として最多です。怖いのは0.1%程度の合併率ですが、下痢等の消化管症状の後1~3週間で発症する末梢神経障害です。ギランバレー症候群と呼ばれています。運動神経麻痺つまり筋力低下が注意で、呼吸筋のマヒは一時的に人工呼吸器の治療が必要になることもありますし、マヒが後遺症として残ることもあります。0.1%程度の合併率…インフルエンザの重症化率より高値です。インフルエンザに大騒ぎするならカンピロバクターも意識してください。

鳥、豚、牛、犬、猫などの動物の消化管内にいる菌です。流通している鶏肉の4~6割が汚染されていたという調査結果があります。ワタクシは、初めての焼き鳥屋で一口食べて「ありゃ、半生じゃん」と思って翌々日にお腹をこわしたこと数知れず…。行きつけの店では「よく焼きで!」を許してもらってマス。

無論、牛肉や豚肉も汚染されます。

通常は腸炎症状ですが、腸管外に菌が移行し髄膜炎、骨髄炎、関節炎、心膜炎を起こす場合があります。大動脈瘤内に感染し動脈瘤破裂のきっかけとなってしまった例があります。

3万個に1個の卵がサルモネラ菌に汚染されているといわれています。さらに市販されている生の鶏肉の4~5割にサルモネラ菌に汚染されているとの調査結果があります。豚肉は1割が汚染されているとも。

腹痛2

私たちの体表に普通にいる菌です。髪の毛、鼻の中、皮膚、どこにでもいます。オデキやニキビなどの原因菌でもあります。つまり、調理者であるアナタが原因です。この菌が作り出す毒素が下痢等の症状を引き起こしますが発熱しないのが特徴です。
今回のテーマは“良く焼きのススメ”ですが、じつはこの毒素は耐熱性で100℃でも不活化しません。ですから加熱しても体内に入れば発症してしまいます。

注意点は菌を増殖させないこと。洗浄や消毒が不十分の手でおにぎりやサンドイッチを作って、炎天下の中持ち歩く…。増殖(つまり毒素が増える)に適した温度と培地を黄色ブドウ状球菌に与えているのです。

ですから予防は、料理する人は調理器具を含めて手指を洗浄・消毒の状態であるいは手袋をして調理し、さらに長時間の高温環境を食べ物に与えないということです。

腹痛3

海水中に存在する菌ですので、魚介類に付着しています。前述の黄色ブドウ球菌と同様にビブリオ菌が作る耐熱性の毒素が主要な病原因子ですので、ビブリオも“良く焼きのススメ”にならないのですが、夏場に要注意ということで紹介いたします。
ビブリオ菌は真水に弱く、また、29℃以上の環境で菌が爆発的に増殖(毒素が増える)しますので、釣った魚は保冷し、調理するときは水でよく洗い流してからにしてください。 魚介類に付着していますので、魚ばかりでなく貝類も注意です。牡蠣にもいます。牡蠣には申し訳ありませんが、夏場はビブリオ、冬場はノロウイルス、通年でA型肝炎、E型肝炎をお持ちになります。ビブリオ以外は十分の加熱で大丈夫。しかし、高温環境でのビブリオは、例えば…夏の江の島で刺身定食とサザエ刺しなんぞを炎天下で一杯飲みながら…なんてしたりすると…来ます、来ました。翌朝に。潜伏期間が12~24時間と短時間ですので…。

O-157が有名でご存知の方がほとんどと思いますが、他にも数種のタイプあり。この菌群は腸炎としての腹痛・下痢などの症状を引き起こすばかりでなく、毒性の強いベロ毒素を放出し、溶血性尿毒症症候群を合併することがあり最も危険な菌のひとつです。

さて、基本的かつ絶対の予防法は加熱です。相手は単に細菌です。その基準が75℃以上かつ1分以上です。たったこれだけで命を守れるのです。また、調理器具や調理中の手指にも意識を持ってください。生の肉を調理したその手でサラダを盛りつければ…。サラダに菌が付着。“良く焼きサラダ”なんてお目にかかれませんので、菌はそのまんま体内に…。

生肉

生や半生の肉でスタミナがつくなどと巷で言われていますが、スタミナって何でしょうか? スタミナ=持久力です。単なるたんぱく質が体内に入るだけですので持久力は期待できませんね。むしろ健康被害のリスクを考えると、ここまでお読みいただいた方は半生も危ない!と考えを変えていただいていると思います。  しかしメディアが不十分な加熱が危険であると発信しないため、日本人の生肉信奉を断つことができません。そればかりか半生なら良しとばかりに「中がレアでおいしそう!」と料理を紹介して、レアはおいしいンですと言わんばかりです。「中がレアでお腹こわしそう!」って言えないのでしょうか!

そこで昨今流行りのジビエ料理。イノシシやシカにも先にお話ししたカンピロバクターやサルモネラがいます。ですからお召し上がりには“良く焼きのススメ”でございますが、イノシシ、シカにはさらにE型肝炎ウイルスが潜んでいる場合があります。以前はブタのレバー刺しでの感染がほとんどでしたが、鹿肉の生食いが原因の劇症肝炎での死亡例が最近ありました。
「野生動物の肉だからもりもりスタミナがつく」「うちの肉は大丈夫」で生肉状態や不十分の加熱でありがたがって食べる、勧める、は大変危険なことなんです。別の言葉で言わせていただくと「不衛生極まりない食習慣」です。

コラム一覧