いなぎ駅前クリニック

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院長コラム

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COLUMN胃もたれって何? 第1回勉強会の内容紹介

胃

“もたれ”を広辞苑で引くと「重さをかけるように寄りかけられている」と書かれています。では、皆さんが自覚する“胃もたれ”ってそういう感じでしょうか? ちょっと異なりませんか? また、「胃の中にずっと残っているような感じ」というのも載っていますが、そんな感じですか?とお尋ねしても「う~ん、ちょっと違うかな」と思われる方も多いと思います。実際は…「なんとも表現できない不快感」の方は多いのでは…?

この「もたれ」という言葉の語調が、胃袋の「何とも言えない不快感」に対しての表現としてなんとなく合致! しているだけ…と常々思っています。

江戸時代の“養生訓(健康生活指南書)”には胃もたれという言葉が出てこないようです。…ではいつから“胃もたれ”が? …そういえば“肩が凝る”っていうのも変な日本語ですね。“肩こり”は明治時代の中期から文字として登場してきています。どうやら夏目漱石先生の造語らしいようです。さて漱石先生は胃潰瘍をお持ちでした。おそらくドスンと胃が重いという胃潰瘍の症状としての不快感を、文豪らしく「もたれるのう~」と表現され文字にされたのでは?と察します。

さて、本題です。

現在の医学では胃袋の症状を自覚させる原因は3つです。

  • ①胃酸が関与
  • ②胃の動きが原因
  • ③脳の知覚過敏です。

それぞれが単独もしくは複雑に絡んでるようです。 ですから“もたれ=何とも言えない不快感”の薬物治療はこの3つの原因を考えてのものになります。1つ1つ解説しましょう。

まず、①胃酸が関与について。

胃もたれ

“もたれ=何とも言えない不快感”の最も多い原因は胃酸と考えています。胃酸は純粋な塩酸…強酸です。 つまり、「もたれた」との自覚時は胃が弱くなったと考えがちですが、本当は胃酸が強すぎて症状が出ていると考えるべきなのです。 また、胃もたれは「年齢と共に胃粘液が減るから」とCMしていますが、これは3つの原因に当てはまらないばかりか、胃粘液の減少が胃もたれを起こすなんて医学書に一言も書かれていません。では、胃が強すぎるってなるってことなら即ち、いわゆる胃酸過多になっているのかっていうとそうコトではないのです。

年齢に伴う“胃酸から自身を守る機能の低下”が原因で、多くは食道と胃の接合部の「しまり」の緩みによる胃液(胃酸)の逆流が原因とお考えください。胃が悪いわけではなさそうなのです。 市販薬の「胃の薬」は、いわゆる粘膜防御因子増強剤とよばれる薬剤ばかりで、先に挙げた3つの原因のいずれかにも作用しません。ですから市販薬は効きません。しかし、ガスター10!は市販薬で唯一“胃酸分泌抑制剤”です。ですから3つの原因の1つ、つまり胃酸の関与の病態に対応できます。

さて、胃酸の食道へ逆流なのにどうして「胃が…」と自覚するのでしょうか? 大変面白い事実があります。 十二指腸潰瘍の患者さんで「十二指腸が痛い」と言って受診される患者さんはいません! ほとんどの方は「おなかが空いている時に胃が痛いんですけど…」と訴えて受診します。 また、胆のうが痛いと言って受診された胆のう炎の患者さんもいません。皆さん「胃が痛いんです」と受診されています。 …どうしてでしょうか?
それは、痛みの神経伝達のいたずらなのです。十二指腸や胆のうからの痛みの刺激を脳に伝達する神経が、胃からの痛みを脳に伝える神経に入り込んでしまうことが多いので、十二指腸潰瘍も胆石発作も「胃が痛い」のです。 私は逆流性食道炎持ちです。忘れもしない最初の症状は「胃が熱い」、しかも「黄色い熱さ」でした。今はベタに「胸焼け」を感じています。食道への胃液(胃酸)の付着に対し、最初は「胃が…」と臓器の認識を誤っていたのです。

しかも私は「黄色い熱さ」というおかしな質感まで自覚して…。そうです、質感も脳で判断します。「食道が赤いんです」と自覚されていた患者さん「食道が冷たい」と言っていらした患者さんもいました。 一方、具体的な質感を脳が判断できなかったらどうなるでしょうか? 「なんとも言えない不快感」としか判断(表現)できなくなってしまうのです。

つまり、胃液(塩酸)が食道の下の部分に付着することで、食道から発せられた「これは危ないゾ」という刺激が、胃からの神経を使って脳に伝わったがゆえに、「胃が」と臓器認識を誤り、かつ本来、逆流性食道炎の代表的な症状である「焼ける」ようなという感覚を脳が判断できなければ症状の質はあいまいな感覚として自覚し、「何とも言えない不快感」が「胃」に自覚され、「胃がもたれる」と皆さんの口から出てくるのです。

次は、②胃の動き。

大病院の消化器内科の先生もそうですが、「胃もたれ」を口にした患者さんへはガスモチンなどを処方されています。最近の医学研究で、「胃もたれの原因の一つは胃の排泄障害が原因だからガスモチンなどの蠕動運動活発薬の処方が望ましい。蠕動運動を活発にして早く胃内から排泄させましょう。」とされているからです。確かに実験データはそう示しています。 しかし、その実験は“1食200カロリーでさらに半固形食の食事”で胃の排泄状況を判断しています。 …皆さん200カロリーの半固形食だけを毎食毎日食べていますか? 違いますよね! ですから“日常とかけ離れた実験食”から導かれた研究の結果には到底納得できません。

そんな私が納得できる現実があります。実験結果ではありません。皆さんも実感している茶飯ゴト(日常茶飯事)です。 読んでいただいたら、日常の食事を反映しない実験食での研究結果って何か変だねとご理解していただけると思います。

さて、お昼に餃子定食を食べました。ごはんを食べます。餡の中身も固形です。1食600カロリー以上はあります。餃子ですから食後のゲップの臭さと言ったら…「いとすさまじきかな」的な現実が16時ころまで続きますよね。しかし、17時ころになると許容範囲のゲップになり、その後は速やかに匂いがしなくなりそして「お腹が減った」と自覚します。この時間帯が17時ころ。これが通常の食生活での胃の動きと考えるべきで、食後3~4時間は胃内に停滞しているのが正常の胃袋なのです。お昼の回転すしのガリの匂いもそうですよね(今、ゲップがガリってます。スミマセン)。

つまり、「胃もたれ」の「残っている感じ」は、排泄が遅れているのではなく、もともと無感覚な胃内の停滞状態を何かしらの原因で感じてしまっているだけ、ということになります。ですから「胃もたれ」へのガスモチン単体の処方には??がついてきてしまうワケでございます。では、どうして普段は感じない「残っている」胃の状態を「残っている」と感じてしまうのでしょうか?蠕動以外にもう一つの胃の動きがあります。胃袋が段階的に拡がっていくという動きです。

例えば氷嚢は水を入れていくとデロ~んと拡がっていきますが、胃袋はそれと異なる動きをします。胃袋は食べて胃内の内圧が高まると、それを逃がすだけチョコっと拡がります。そしてまた食べて圧が高まるとまたそれを逃がすためだけにチョコっと…。この内圧に合わせて段階的に広がっていく胃の動きを“適応性弛緩”といいます。適応性弛緩の失調状態の原因の全貌はわかっていません(ストレス、胃酸などの要因が絡み合うとされています)が、実験的には“拡がらない胃袋”は確認されています。

つまり、いつもは拡がってくれるのにその時期は胃袋が拡がってくれないから「いつまでも残っている」と感じてしまうのです。…排泄が悪いのではないようなのです。

さて、どうしたら拡がってくれるか? トウガラシです。トウガラシのカプサイシンは消化管の動きを活発にさせることが解っています。 日本は「胃の調子が悪かったら香辛料を控えなさい」と指導されますが、私は「控えているなら再開してみてください」と指導します。それだけで元に戻る患者さんは少なくありません。 ですから「胃の調子が悪かったら香辛料を控えなさい」というのは「吐血をしない胃潰瘍はない」と旧東京帝大ですら授業していた時代の言い伝え的指導と考えています。

しかし辛いものが苦手な方にトウガラシをお勧めできませんので、お薬のお話を。六君子湯という漢方薬があります。胃袋を広げる作用があります。またプロテカジンという制酸薬のもう一つの作用に胃に存在するカプサイシン受容体を刺激する可能性があり、胃袋を拡げてくれます。もともとプロテカジンは酸を抑える薬なので先にお話しした①胃酸の関与にも対応できます。 原因の2つに対応してくれる優れた薬と思っています。

胃もたれ

最後に③脳の知覚過敏です。

昨今、医学の進歩で脳の働きがどんどん解明されています。脳科学と呼ばれています。その脳の特性の中に「気になるところに意識がいく」があります。 道の凸凹を感じながらこのクリニックにいらした方は誰もいないでしょう。ではお帰りには「凸凹しているはずだ」と足の裏に意識を集中してお帰り下さい。凸凹を認識できるはずです。意識すると自覚してしまう…これが脳の知覚過敏です。

例えば身内に胃がんが見つかったとします。ひょっとすると私も? と思うと脳は胃袋を監視します。知覚過敏の始まりです。そして“意識していないから普段は感じない感覚”を自覚して「胃」が「何か変」と認識。この「何か変」と“もたれ”の語調が合ってしまい「胃もたれ」て…と受診するわけでございます。

この“よくよく自問的に観察すると自覚してしまう感覚”は、意外と①の胃酸であったり②の拡がり具合であったりします。ですからこの①や②を直接内服薬で治療すると“脳の知覚過敏”は消失に向かいます。

それでも自問して、「だけど胃が…」とお悩みの患者さんにはスルピリドという薬を使います。もともと日本では胃炎の薬です。しかしフランスでは昔からうつ病の薬です。理由は、日本のいい加減な臨床試験をしていた時代に、現在だったら“脳の知覚過敏で胃がおかしいと受診した患者さん”に治験をして有効性があったから「胃炎に効く薬」として承認されたもの。今は胃炎の適応は消えて“うつ病”が適応になっています。

……“胃もたれ”を医学してみました。いかがでしたか?