いなぎ駅前クリニック

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院長コラム

Column

COLUMNノロウイルス感染症とお腹の風邪

ある年の1月4日。新年早々の診察でした。20歳台の女性が「昨日、1回だけ吐いたのですが心配なのでノロウイルス検査をしてください。発熱、腹痛、下痢はありません!」と受診されました。ご職業は某大病院の看護師さん。検便検査すると陽性でした。1回だけの嘔吐という極めて軽症な症状で便からノロウイルスが排泄されていたのです。
この事実はメディア発信のちょくちょく耳にする「ノロウイルスによる感染性胃腸炎の症状は下痢、腹痛、嘔吐、発熱でぇ…云々」は誤った臨床像であると明確に認識させてくれます。

症状はピンキリ

腹痛

つまり、冬期に4つの消化管症状が揃っていなくても、そして単発であってもごく軽い症であっても「ノロわれたか?」と判断していた方が良いということです。メディアの言うこと(4つ揃ってノロ)を信じていると自分はノロではないと自己判断して、またノロウイルスによる腸炎は1日でかなり軽快しますので、多くの人が「おなかの風邪で良かった…」で終わってしまいます。然るに感染拡大への予防行為を行わず、ご家庭内で蔓延して「ノロわれた家族」となってしまうのです。
なにしろノロウイルスは感染力が強く、50~100個程度のウイルスが消化管に入るだけで感染成立します。また乾燥に強いので、吐物を放っておいて乾燥したモノは粉塵化して室内に漂い、口に入ればこれも感染成立となります。

さて過去の院長コラムで「風邪ってなに?」でお話ししましたが、「おなかの風邪」ってよく言われますが、風邪の医学的な定義は「のどが痛いとか咳が出るとかの上気道(空気の通り道)の症状の病気」です。お腹に空気の通り道がありますか? ありませんよね。すなわち「お腹の風邪」って表現は「富士山頂に海水浴に行く」と言っているのと同じで、定義上存在しない診断名です。「おなかの風邪」と医師が口に出すことはいかがなものかと…。

危ない病気?

ではノロウイルス。1968年に米国のオハイオ州ノーウォークでの集団発生で発見された ウイルスで、しばらく「ノーウォークウイルス」と呼ばれていました。2002年に国際的に「ノロウイルス」と改名し現在にいたっています。

以前メディアが「ノロウイルスで何人亡くなった」と出羽亀報道してしまったので、何やら罹ると怖い病気と認識されている方が相当数いらっしゃると思います。怖くなんかありませんよ。症状にかなりの個人差があって、冒頭の「1回吐いただけよ~ん」から「2度と罹りたくない」まで、しょうじょうの強さにばらつきがあるのですが、普通の人はおおよそ1日で自然に治る病気です。あまりにも早く回復するので以前から「お腹の風邪だね」と先生が言っていたわけです。そんな病気です。お亡くなりになったのはほとんどご年配の方で、吐物の誤嚥性肺炎や下痢による脱水が引き金になった多臓器不全です。決してノロウイルスが直接命を奪ったのではありません。

“胃炎”は起こしません

胃腸

「おなかの風邪」の他に病名でもう一つ正しい知識を…。「ノロウイルスによる胃腸炎」とメディア登場のお偉い先生方もコメントしていますが、これ、誤り。ノロウイルスの感染する場所は小腸の上部であって、胃袋には感染しませんので“胃炎”はおこりません。ですから胃腸炎という病名はおかしな表現です。
ではなぜ「胃が痛い」と感じるか…? 小腸の痛みを脳に伝達する際に、胃からの痛みを脳に伝達する神経(電線)に腸からの神経(電線)が入りこんでしまうので、腸からの痛みなのに「胃が痛い」と感じてしまうのです。ですから、胃には何も起こっていませんのでノロって「胃が痛いんです~」と言ったがゆえに処方されるやけに高価な胃薬はほとんど“胃酸分泌抑制薬”で、この薬は腸の痛みをとってくれませんのでノロの「胃が痛え~」に全く効果ありません。

また、お腹が痛くて吐いているとちょくちょく「おなかの痛み止め」と「吐き気止め」を同時に処方されますが、前者は「腸の動きを止める薬」後者は「蠕動を活発にさせる薬」です。腸を止めながら動かしてどうするのでしょうか? 感染性腸炎の嘔吐は逆の蠕動が原因。ですから蠕動を止めてあげるのが吐き気への治療薬。つまり、お腹の痛み止めこそ吐き気止めなんです。

ウイルスはどこにいる?

牡蠣

流行期に入るとほぼ100% “人⇒人”感染ですが、初期はいわゆる食中毒で “貝⇒人”感染。原因となる貝は二枚貝で、カキが代表ですが生食する二枚貝はなんでも危険で、ホタテも二枚貝ですから注意。実際にはシジミ、アサリのウイルス含有量がカキより多いらしいのですが、コチラは生食しませんので悪者になっていません。ちなみにノロウイルスは二枚貝の体内で増殖はしません。単に海水中のノロウイルスが二枚貝の体内に蓄積しているだけです(カキは毎日2トンの海水を体内に取り込んでいます)。

潜伏期間は1~2日。週末の花金や土曜日に宴や「パパ、お疲れ様~」で2枚貝を食べることが多いので、然るに日曜月曜の発症多し。

さてノロウイルス。80℃以上、1分以上でウイルスは死滅します(注:科学的にはウイルスなので死滅という表現は誤りですがあえて使います)が、注意すべきは食品の表面温度ではなくウイルスがいる深部までの温度が、ということですからカキの加熱調理時は「こんなに小っちゃくなっちゃってぇ~」が望ましいです。

さて、流行期は人⇒人感染となります。感染経路は基本的に糞口感染。そして吐しゃ物にもウイルスがいますので吐いたモノも感染源になります。ノロウイルスは乾燥に強く、吐物やンコは放っておくと乾燥しますが、粉塵化したウイルスが室内に漂い何かのきっかけで口腔内に入り、ごっくんで消化管内に侵入。これを粉塵感染と呼ばれてきています。

さて、いつになったら感染性がなくなるのでしょうか? これはご存知の方は少数でしょう。
下痢とか腹痛が治ったりして、まったくの無症状となっても、便からウイルスが排泄されている人がいます。無症状でありながらウイルスが体内にいる、すなわち感染性を持っているわけでこういった方をキャリアー(運び屋)と言っています。1か月間ウイルスを無症状でありながら排出していたという論文があります。
ではウイルスの排泄がなくなる(感染性がなくなる)目安はどうでしょうか? 下痢等の消化管症状が無症状となってから4日目までに97%の人がウイルスの排泄がなくなるというデータが示されています。ですから元気になったら学校とか会社とか行ってもいいですよ、っていう指導が感染を拡大させている現実なのです。
その時期は嘔吐がないので注意すべきはンコしかありません。家庭内感染を防ぐためには下着にはウイルスが付着していると考えておくべし。脱いだら塩素系漂白剤に浸けてしまう。湯舟の入浴は患っていた人が最後。お尻が入った後の湯舟にはウイルスが漂い、後に入った人が「気持ちいい~っ」て顔を洗うとアナタの口内に…なにしろウイルス50~100個の体内侵入で感染成立ですから~!